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ピュアにフュージョンを追い求めるとは(最終回)

「フュージョン」という音楽の一ジャンルについて、そもそも「フュージョンとは?」をテーマにいろいろ考えています。

フュージョン誕生の背景には、都会的で洗練された曲調をリリースしたレーベル、CTIで活躍したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Aとします)、マイルスの元で電化ジャズを経験したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Bとします)の二つの潮流となったこと、また、Bの潮流は実に多用な潮流となっていったことをかなり脱線しつつ考察させていただきました。

最後にAが前回の説明のとおり現在のスムース・ジャズへと繋がっているのに対して、結果としてBの潮流は現在どうなっているのでしょうか?
私が思うに結局のところ、純粋な意味でフュージョンと呼んでいいのはAの潮流なのかもしれません。
夢の無い話で申し訳ないのですが、Bというのは凄腕のジャズ・メンが、単純にその混沌とした音楽を受け入れられた時代に食えた音楽を一過性のものとして演奏していたということでは無いでしょうか?

例えばチック・コリア。

彼は当初は新主流派ジャズの最先端と言ってもいいアイディアを提示して見せました。
しかしマイルスの元で電化ジャズを経験すると、すぐによりそれをポピュラーな形にしてみせます。
その後もフュージョンのブームの乗っていながら、1980年代のアコースティック・ジャズのブームの際には、新主流派時代のメンバー(ミロスラフ・ヴィトゥス、ロイ・ヘインズなど)を集めて、しっかりとバリバリのアコースティック・ジャズを演奏しています。
その一方でエレクトリック・バンド、アコースティック・バンドの二足の草鞋で、ジョン・パティトゥッチ、ディブ・ウェックルという若い才能を伴って相変わらずの影響力を発揮していました。

例えばジョン・マクラフリン

マイルスの「In a Silentway」「Bitches Brew」ではサウンドのカラーを決定付けるとも言っていいプレイを聴かせ、その後は自身がはまっていたインド音楽をロック寄りのサウンドに消化させた、「マハビシュヌ・オーケストラ」を率いてジャズ・ファンからもロック・ファンからも高い評価を受けました。
その後1980年代には、スペインの天才ギタリスト「パコ・デ・ルシア」とスパニッシュ色の強い「スーパー・ギター・トリオ」を組んだりします。これが当時のアコースティック・ジャズのブームも追い風となり大ヒットとなりました。
しかし同時期に「マハビシュヌ・オーケストラ」を再結成しますが、1970年代にはあれほどの人気と凄腕のメンバーを輩出したにもかかわらず、正直、それほど代わり映えのしないコンセプトが飽きられたのかパッとしない活動でした。

他にも「マハビシュヌ・オーケストラ」にビリー・コブハムの後任で参加したナラダ・マイケル・ウォルデンは、ウェザー・リポートなどでセッションマンとして活躍し、じょじょにポップス色を強めて懐かしい「ブラック・コンテンポラリー=ブラコン」の世界で活躍。今では押しも押されもしない大プロデューサーです。

ストイックにジャズ道(ってのがあれば、ですが)を追求するのも大切でしょうが、食っていく必要のほうが強いわけですから、同じような編成やテクニックを使いながら金になっている音楽があれば、そこに力を傾注するのはごく当然の成り行きでしょう。
まして彼らは直接的か間接的かは別として、当時、世界最高水準のマイルス・グループに所属した。というキャリアを持っているわけですから。

個人的には「こんな難しいことでもおしゃれに決められるよ!」って感じに聴こえるBの潮流のフュージョンよりも、シンプルな中に凝ったアレンジやノリの良いビートを持つAの潮流のフュージョンに心躍るのは私だけでしょうか?

そんなことを考えながら初期のフュージョン、クロスオーバーから移行していた時代の、ロックやポップスをやっているミュージシャンが一生懸命演奏したインストをイメージして一曲創ってみました。Aの潮流が好き!と言っておいて何ですが、どちらかと言うとBの潮流の曲になっているのは私がへそ曲がりなだけです(笑。

よろしければ聴いてやっていただけると嬉しく思います。

「Snowball earth」
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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

ピュアにフュージョンを追い求めるとは(6)

「フュージョン」という音楽の一ジャンルについて、そもそも「フュージョンとは?」をテーマにいろいろ考えています。

フュージョン誕生の背景には、都会的で洗練された曲調をリリースしたレーベル、CTIで活躍したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Aとします)、マイルスの元で電化ジャズを経験したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Bとします)の二つの潮流となったように思います。

そして日本でもBの潮流に類するようなハードでテクニカルなフュージョンに影響を受けた音楽があります。

日本を代表するギタリストである渡辺香津美。彼は1970年代こそCTIの流をくむ「スタッフ」や「ジェントル・ソーツ」のメンバ-と、都会的でスタイリッシュなフュージョンのアルバムをリリースしています。
しかし1980年代のアルバム「頭狂奸児唐眼」や「MOBO」などには、オリエンタルなテイストが色濃いのですが、一種の「思想」や「技巧」の部分でマイルスやウェザーの影響が感じられます。
「MOBO」のメンバーには、前述の「Weather Report」に所属していたドラムスのオマー・ハキムや、80年代に復活したマイルスの、一連のアルバムに参加していたベースのマーカス・ミラーなどが参加しています。
ただし渡辺香津美の展開した音楽は、そこに参加したメンバーが引き継いで発展させたとは言えなさそうです。
キーボードの笹路正徳などは今やスーパー・プロデユーサーで、あんな複雑でやや暗い雰囲気のフュージョンをやっていたとは思えないです。
サックスの清水靖晃は「サクソフォネッツ」でえらく芸術色の強いコンセプトを追求しています。グラサンで仁王立ちになり、狂ったようにサックスを吹いていた昔などおくびにも出していません。

もう一つ忘れてはならないグループが日本にありました。と言いますか現在もあると思うのですが「プリズム」というグループです。
1975年にギターの和田アキラによって結成され、その後1979年(だったか・・・?)に一旦解散したと思うのですが、その後もメンバーを代えながら存続しています。
ここで話題にするのは1stから解散ライブまでに発表された5枚のアルバムですが、ロック色の強い音作りと他のグループでは聴かれないキャッチーなメロディーの中で、複雑なキメやジャズ・テイストのソロなどが聴かれる、プログレともフュージョンとも解釈できる音楽を展開しています。和田アキラの超絶ギターはマクラフリンやアル・ディ・メオラと並ぶ日本のギター小僧の憧れであったと思います。

少々、脱線しましたね。話を戻しましょう。

つづく・・・

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ピュアにフュージョンを追い求めるとは(5)

「フュージョン」という音楽の一ジャンルについて、そもそも「フュージョンとは?」をテーマにいろいろ考えています。

フュージョン誕生の背景には、都会的で洗練された曲調をリリースしたレーベル、CTIで活躍したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Aとします)、マイルスの元で電化ジャズを経験したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Bとします)の二つの潮流となったように思います。

Aはそのままボブ・ジェームズやディブ・グルーシンなどを中心に、それをサポートしていたメンバー、スティーブ・ガッドとかエリック・ゲイル、リー・リトナー、ハービー・メイソン、アーニー・ワッツなど。早い話「スタッフ」や「ジェントル・ソーツ」というセッション・グループ。彼らの創りだすシンプルで美しいコード進行に、わかりやすいメロディ、そしてタイトなリズムの上で繰り広げられるテクニカルな演奏は、その後、シャカタクとか日本のスクェア、カシオペアなどに引き継がれていき、現在のスムース・ジャズに繋がるものだと思います。
DTMをされている方などはご自身が使われる音源(ソフトでもハードでも)を選ぶにあたり、使い勝手とともに音色の確認のためにデモ曲を聴かれたことと思います。
大抵はクラシカルな曲と、フュージョンやスムース・ジャズに分類されるような曲がデモとして公開されているものです。
今やフュージョンやスムース・ジャズは好き嫌いは別として、音楽の創作や演奏のテクニカルな部分の重要なファクターを担うジャンルと言えそうです。

ややくどく遠回りになってしまいましたが、そんなAに比べてBは実に多用な潮流を作っていると思います。

まずチック・コリアは先述の「Return to Forever」で、彼の元々の音楽的な源流と言われている、ラテン・テイストとジャズと電子楽器をうまく組み合わせたクロスオーバーを提示して見せます。
その後も彼はジャズをベースにしながらも1980年代には「エレクトリック・バンド」を結成し、よりテクニカルで聴きやすいフュージョンを演奏し、現在も第一線で活動しています。最早、神です。

ハービー・ハンコックは「Head Hunters」で、自身の元々の源流である「ファンキー」さを前面に出して、よりジャズ・ロック寄りのクロスオーバーを演奏しました。その後も1980年代に「Rock It!」でヒップホップとの融合などを図り成功を収めています。この時の彼のアイディアはその後のヒップホップに大きな影響を残したと思います。

ジョン・マクラフリン、ビリー・コブハムは「マハビシュヌ・オーケストラ」で、殆どロックと言える演奏スタイルを繰り広げました。聴きようによってはプログレッシブ・ロックでは無いか?と思わせる音楽性であると思いますが、メンバーであったキーボードのヤン・ハマーは、ロック・ギター小僧の永遠の目標「ジェフ・ベック」とのセッションで成功し、ますますロック寄りに。コブハムに代わってドラムスを担当したナラダ・マイケル・ウォルデンも、ジェフ・ベックとのセッションを経て後述する「ウェザー・リポート」にも参加しています。

ウェイン・ショーター、ジョー・ザビヌルは言わずと知れた「Weather Report」を結成しています。
時代がダブる上に編成も似ていることから、マイルス・グループと比較され、「マイルスをよりわかりやすくした」ようなイメージで理解されています。実際、そういう聴き方もできる面はあると思いますが、それよりもモード・ジャズを演奏していた時代のマイルス・グループを電化させ、ジャズ的要素(即興性や個々のテクニックを前面に出す)を色濃く残しながらも、ロックやファンクが持つ「メロディー重視」の姿勢を意識した音楽だと思います。そこにはショーターの神秘的な独特の和声感も大きく寄与していると思います。
個人的にはザビヌルの欧州的と言うか、牧歌的な田舎の音楽のような雰囲気よりも、ショーターの創り出す世界観のほうに惹かれる私がいます。

日本でもこれらのハードでテクニカルなフュージョンに影響を受けた音楽があります。

つづく・・・

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ピュアにフュージョンを追い求めるとは(4)

「フュージョン」という音楽の一ジャンルについて、そもそも「フュージョンとは?」をテーマにいろいろ考えています。

フュージョン(当初はクロスオーバー)の元祖として上げられることの多い、マイルス・ディビスの1968、1969年のアルバム「In a Silentway」と「Bitches Brew」ですが、これはこれで正しい説明なのでしょうか?

このアルバムやその後のマイルスの電化サウンドを聴けば明らかなんですが、そこには我々が持つフュージョンのおしゃれな雰囲気は皆無と言っていいでしょう。確かにわかりやすいビートで、しかも殆どワンモードと言っていいような音使い。それ以前のマイルスが演奏していたモード・ジャズの持つ難解さは無くなっているようです。その分、民族音楽的な土着性を感じます。ジャズに慣れていない人が聴くと、同時代にコルトレーンが追求していたフリー・ジャズと同じような感覚に聴こえるかもしれません。
何にしてもそれぐらい一般に認識しているクロスオーバーやフュージョンとは一線を画している演奏だと思います。

えらく遠回りをしてしまいましたが、ここで申し上げたいのは、世間が評価する「Bitches Brew」以降の「マイルスの電化ジャズ=クロスオーバーやフュージョンの先祖」説は少々無理やり感がある。と言う意見です。

で、元に戻りますが、そうなるとクロスオーバーはどのように発生していったのか?という冒頭からの命題は、やはりソウルやR&Bの要素を取り込んでいったジャズ・ロックと、耳障りの良いイージー・リスニング・ジャズ。この二つの「当時はコマーシャルに乗っていた」スタイルの方向性が収斂していった結果なのでしょう。
先に述べたクリード・テイラーのCTIで、デオダードやボブ・ジェームズ、ディブ・グルーシンらのアレンジした楽曲を、ジョージ・ベンソン、ヒューバート・ロウズ、グローバー・ワシントン・ジュニアなどのファンキーなジャズ・ロックを演奏しているプレイヤーに演奏させているのが一つの回答であると思います。

それでは、マイルスの電化ジャズはその後のクロスオーバーや、フュージョンに何も影響を与えていないのか?と言うと、それも違うと言えます。
まず決定的に明らかなのはマイルスのグループで電化ジャズを経験したプレイヤーが、ことごとくクロスオーバーやフュージョンを演奏している事実があります。
名前を挙げたらキリがありませんが
テナーサックスのウェイン・ショーター
キーボードのハービー・ハンコック、チック・コリア、ジョー・ザビヌル
ドラムスのジャック・ディジョネット、レニー・ホワイト、ビリー・コブハム
ギターのジョン・マクラフリン
などなど・・・。

彼らは一様に1970年代に入ってからジャズ・テイストの強いクロスオーバーのアルバムをリリースしています。ただし、そのサウンドは土着的で難解なイメージがつきまとうマイルスの電化ジャズとは少し趣が異なるものです。チックの「Return to Forever」やハンコックの「Head Hunters」、ウェイン・ショーターとジョー・ザビヌルが組んだ「Weather Report」の一連のアルバム。これらはキャッチーなメロディーやノリの良いビートを前面に出し、そこにジャズで培ったインタープレイやインプロヴィゼーションをふんだんに取り入れ、間違いなく時代の「売れるジャズ」であったと思います。

結果としてクロスオーバーからフュージョンへと移行、と言いますか呼び方が変わっただけのようにも感じますが、とにかくその流の中で、CTIで活躍したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Aとします)、マイルスの元で電化ジャズを経験したプレイヤー、アレンジャーの流れ(Bとします)の二つの潮流となったように思います。

つづく・・・

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ピュアにフュージョンを追い求めるとは(3)

「フュージョン」という音楽の一ジャンルについて、そもそも「フュージョンとは?」をテーマにいろいろ考えています。

よく1960年代後半ぐらいに現れたジャズ・ロックがフュージョンの祖先のような説明がありますが、実際にフュージョン(そのころはクロスオーバーと呼ばれていましたが)は、アメリカのレコード・レーベルであるCTIより、デオダード、ボブ・ジェームズ、ディブ・グルーシンなどの所謂「白っぽい」アレンジが施されていました。

ジャズ・ロックがソウルやR&Bなどの、黒っぽい音楽の要素を取り入れていったのとは、少し出自が違うように感じます。

都会的でスタイリッシュなフュージョンが好きなリスナーは多いと思います。そういう方々は多少の差はあれど1970年代のボブ・ジェームズやディブ・グルーシンのアルバムや、彼らが参加したアルバムを愛聴されたことでしょうが、彼らのアレンジや演奏のスタイルはCTIでの活動で培われた物が多かったことでしょう。

じゃぁジャズ・ロックは1960年代のジャズが、方向性を模索していた過程での一過性の物なのか?クロスオーバーは耳障りの良いイージー・リスニング・ジャズから発展していったのか?

ということで、ここで少し整理しておくべき事実があります。

この手の話題を書くと、どうしてもはずせなくなってしまう人物が、ジャズ・ジャイアントの中のジャイアント「マイルス・ディビス」です。
彼は1950年代後半に、ウェイン・ショーターというテナーマンにして天才的な作曲・編曲者と、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスという、当時まだ10代後半~20代前半の若い最強リズム隊をメンバーとして、その後のジャズ・コンボの一つの方向性を決めたとも言える「モード・ジャズ」を推し進めました。
以前にもこの場で書かせていただいたのですが、マイルスのこのモード・ジャズの試みは、ジャズが多様性を増す中で依然としてのんびりとハードバップをやっていたマイルスが、ファンキー・ジャズやコルトレーンが進めていたモード・ジャズに対抗する形で確立したと理解しています。
しかし、このマイルスのスタイルもそれほど長くは続きません。昨今のポピュラー・ミュージックの停滞ぶりからは想像もつきませんが、当時のジャズは今の我々が思う以上のスピードで変化、多様化をしていたのです。
1969年、マイルスは伝統的なアコースティック楽器による、4Beat主体のモード・ジャズから、突如、ロックの要素を取り入れたいわゆる「電化ジャズ」を始めます。「In a Silentway」と「Bitches Brew」というアルバムがそれです。
ジョン・マクラフリンの歪んだギター、ジャック・ディジョネットの重くてかっちりとしたドラムス。ハービー・ハンコックやチック・コリア、ジョー・ザビヌルは、エレクトリック・ピアノやオルガンを弾き、これに管楽器(マイルスのペットやベニー・モーピンのバスクラリネットなど)が乗っかる。
ジャズについて書かれた文章やサイトなどでよく目にするのですが、この「In a silentway」と「Bitches Brew」こそがその後のクロスオーバーの元祖的な言われ方がされています。

しかしこれはこれで正しい考えなのでしょうか?

つづく・・・

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プロフィール

kanchikuan

Author:kanchikuan
はじめまして。 中学生くらいに突如、音楽に興味を持ち「ブラバン」や「ロック・バンド」やよくあるコースで音楽を愛し、今はもっぱらDTMを趣味としてネットで自作曲を公開したりしています。

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