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今日、聴いた音楽 アントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテイン ピアノ協奏曲第4番 ニ短調 Op.70第一楽章

ピアノ大国ロシアの草分けであり、ロシア音楽の礎でもあるアントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテイン。そんなルビンシテインの作曲家としての評価は現在いかがな物か?

彼はピアノ曲だけで無く交響曲、協奏曲、室内楽、歌曲と、実に多岐にわたる膨大な作品を残しているのですが、その作品が殆ど絶版となってしまい、ほぼ演奏される機会は無いというのが実情です。
私も子供ののころに聴いた「天使の夢」という超絶技巧のピアノ独奏曲くらいしか存じませんでした。

今回、聴いた「ピアノ協奏曲第4番 ニ短調」は1864年に作曲されたそうですから、アントン・ルビンシテイン30代半ばの作品です。実はこのCD、輸入CDのSALEワゴンに埃をかぶって売られていたのを、かれこれ
10年以上前に購入したもので、今までも数回は聴いている作品です。
しかし当時はルビンシテインのロシア音楽史上の位置づけなど理解不足で、19世紀に活躍したロシア人ピアニストの忘れられた作品、程度で物珍しさで鑑賞したように思います。

ドイツ・ロマン派の影響を強く感じる重厚で物悲しいモティーフ。木管の持つ哀感が生かされたこのモティーフは、その後のチャイコフスキーやラフマニノフにも、間違いなく受け継がれたロシア的な力強さも感じさせます。華やかさはありませんが美しいモティーフです。

オケによる主題の提示に続き、ピアノによる技巧的なカデンツァが始まります。このあたりはドイツ音楽よりもショパンやリストなどが多用した、フランスのサロン・ミュージックで好まれた「技巧重視」のスタイルですが、決して技巧一辺倒にならずオケとの掛け合いも絶妙です。人気のあるショパンの1番協奏曲に引けを取らない構成と技術がふんだんに盛り込まれ、「ピアニストの余技での作品」と簡単には片付けられません。

ルビンシテインは当時はロシアの大作曲家として、ロシアの音楽家の尊敬と信頼を集めていたそうです。確かにドイツやイタリア、フランスなどで見聴きした音楽的エッセンスや、学んだ技術が駆使されていることが伝わってくる構成力です。

惜しいのは、モティーフが魅力的なためか?手を変え品を変えつつ何度も頻出することです。「ソナタ形式だから」とは言っても展開が変わるたびにこのモティーフが登場すると、
「もう、わかったよ」
と突っ込みたくなってしまうのも困りもんです。
後輩のチャイコフスキーは、自身のピアノ協奏曲や、ヴァイオリン協奏曲で実に魅力的なモティーフを生み出しておきながら、そのモティーフにはこだわらずにさっさと別の展開ができるあたり、才能では一歩ゆずってしまうように思えます。

最近はルビンシテインのピアノ独奏曲を筆頭として、じょじょにですが演奏家などでも作品が取り上げられているそうです。
ロマン派の香りを色濃く残しつつロシア的な厳粛さを持ったルビンシテインの作品を、今後も機会があれば聴いてみたいと思わされました。
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ロシア音楽の礎 -アントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテイン-

かつてソ連(現在のロシア)はピアノ大国でした。

ホロヴィッツ、リヒテルなど演奏は聴いたこと無くても、これら巨匠の名前は耳にされた方が多いのではないでしょうか?

更にそれよりずっと前にもロシア出身のピアニストは、アメリカやヨーロッパ各地で活動し、絶対的な人気と実力を誇っていました。

「のだめカンタービレ」でピアノ協奏曲2番を主人公の千秋が演奏し、また先日も日本人ピアニストの辻井伸行さんが同曲で世界的なコンクールで優勝したことから、すっかり大衆的な人気の出たラフマニノフ。

児童のための音楽劇「ピーターと狼」やバレエ「ロミオとジュリエット」などで有名なプロコフィエフ。

神秘和音で一部マニアには人気のスクリャービン。

現在でも指揮者としても人気の高いアシュケナージや、特に日本で人気の高いブーニンなど、ロシア人のピアニストは多くおり、その正確無比でパワフルなピアノ奏法はまだまだ世界中の音楽愛好家を虜にしています。

で、そのロシアのピアノ大国への礎を造っただけで無く、ロシアの音楽界の礎の構築に大きな足跡を残したピアニスト兼作曲家兼指揮者がアントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテインです。
因みにアントン・ルービンシュタインと呼ばれることが多いですが・・・これは独語読みです。

ルビンシテインは1829年の生まれということですから、時代的には後期ロマン派の筆頭とも言えるブルックナーより5歳年下、同時代にワーグナーやブルックナーと激しく対立した新古典派のブラームスより5歳年上です。
しかし彼が育ったロシアの当時の音楽事情は、他のヨーロッパ諸国であるドイツやイタリアと比較すると、多様性のあるものでは無かったようです。
そんな中、彼は弟のニコライともども天才少年ピアニストとして、ヨーロッパやアメリカに渡って活動します。
「ロシアから来た鳥の羽の指を持つ少年」と形容されたと、以前に本で読んだことがあります。
少年時代の肖像画を見ると、ややクールで物静かな美少年といった印象ですが、何にしても当時のお金持ちの紳士淑女にはいろんな意味で喜ばれたことでしょう。

世界的なピアニストとしての名声と、莫大な富を得たルビンシテイン兄弟は、ロシアにも交響曲や協奏曲などの本格的な音楽創作の土壌を作るべく、1862年にロシア初の音楽教育機関である「サンクトペテルブルク音楽院」を設立します。
11歳年下で親友であったチャイコフスキーはこの音楽院の生徒となり、後には弟のニコライが設立したモスクワ音楽院の講師にもなっています。またヨーロッパ各地で音楽教育を受け、ドイツやイタリアの音楽様式や技術に精通していたグリンカに影響を受けた、「ロシア5人組」の1人であるリムスキー=コルサコフも、サンクトペテルブルク音楽院で作曲を教えています。
チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフに教えを受けた生徒には、ラフマニノフやプロコフィエフなど、後世に名を残す多くの作曲家がいます。
つまりルビンシテイン兄弟が心血を注いだ「他国に負けないロシア音楽」創造の基礎は、チャイコフスキーの出現で開花したわけです。ロシア5人組は先輩であるルビンシテインや、同時代のチャイコフスキーを批判したりしていましたが、それもこれもルビンシテイン兄弟が道を切り開いたからできたこととも言えます。

次回はそんなルビンシテインの作曲家としてのお話を書かせていただきます。

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今日、聴いた音楽 ヘンリク・ミコワイ・グレツキ交響曲第3番「悲しみの歌の交響曲」作品36

ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調が1824年に初演され、ここでベートーヴェンは自身の持てる音楽的技術をすべて注ぎ、壮大・絢爛な交響曲の頂点を提示してみせた。

そして最後に厳粛な低音が地を這うように響く中、突如としてバリトン歌手に歌わせた。
「こんな音楽は意味が無い!さぁ、人生の希望と喜びをともに謳おうではないか」
と。

それから150年を経て、ポーランドの作曲家グレツキは自身の交響曲第3番で、同じ厳粛な低音のカノンに乗せて、古い15世紀のポーランドの祈りの言葉をソプラノ歌手に語りかけさせた。

私の選ばれし愛しい息子よ
おまえの傷をおまえの母と分かち合おう
愛しい息子よ
私はずっとおまえを私の心に抱き
そしておまえに忠実に仕えてきたのだ
母に語っておくれ
母を幸せにしておくれ
これが私の望み
おまえは今、私の元を去って行くのだから・・・
(CDの英語詩を訳したんで少しいい加減かも・・・)

聖母マリアが亡きイエスに語りかけた哀歌である。
神に選ばれた息子のすべてを受け入れ、真摯につくした聖母の姿はここには無い。ただ若くして自分よりも先にこの世を去った息子をひたすら思う、悲しい母の姿しかここには無い。

第二楽章。
清らかで哀しみをたたえたコラールに続き、ソプラノ歌手は、ナチスの秘密警察の本部があったザコパネの第3独房の壁に刻まれた、ヘレナ・ヴァンダ・ブワジュシャクヴナという18歳の少女の祈りを語って聞かせる。
この少女は1944年9月25日より投獄されたと自身で刻んでいる。

お母さん、だめ。泣かないで
天国の清らかな女王様
いつも私を救っていてください
恵み溢れるマリア様
(これもCDの英語詩を訳したんで・・・)

この少女の行方はわからないが、祈ることで彼女は少しでも救われたのだろうか?ただ祈るだけであったのか・・・。少なくとも明日をも知れない身では無い、平和な時代をただ漫然と生きる私は、せめてこの少女が人類の未来に絶望せずにいられたと信じていたい。

第三楽章
ポーランドのオポーレ地方の民謡が語られる。

私の愛しい息子はどこへ行ったの?
たぶん、蜂起したとき邪悪な敵に殺されたのね
ろくでなしどもよ
神様の名の下に教えて
なぜ私の愛しい息子を殺したの?
(以下、長いので省略します。すいません・・・)

シンプルな和音のストロークを奏でる弦、管に重なるように。あるいは支えるように響くピアノの断片が、哀しくも強靭な民族の魂を聴かせる。
このオポーレの歴史的ないきさつはわからないが、なんという哀しい民謡だろうか。

19世紀に人生の歓喜を信じたベートーヴェンの第九番交響曲から180年経ち、私たちは今も未来に喜びと希望を持っていられるだろうか?

グレツキの第三番交響曲を聴き、涙を流せる人々がいるまではそう信じたいと思う。

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今日、聴いた音楽 シャルル・カミーユ・サン=サーンス「ピアノ協奏曲第2番ト短調 作品22」

続く第2番協奏曲です。

第1番から実に10年後の1868年に作曲されています。

イタリアのバロックのような、バス声部とアリアのレチタティーボをピアノが独奏で演奏し、技巧的な独奏が繰り広げられます。
そして、まるでオラトリオかオペラでも始まるのか?と思わせる宗教音楽のような劇的な前奏が強い印象を与えます。

その後は物悲しげな主題の提示。実に明確に伝統的なソナタ形式で古典派管弦楽が続きます。
モーツァルトから始まりベートーヴェンまで、きっちりと自身に消化していないとこういう音楽は書けないな・・・。と思うのですが、そういう技巧しか感じないんですよねぇ。もちろん第1番から続けて聴けばその技術や創意の進化は明らかなんですが、これだったら前半はベートーヴェンの「皇帝」を。後半はチャイコフスキーの第1番を聴けばそれで十分だ。と感じてしまいます。

随分と前のことですがツェルニーのピアノ協奏曲を聴いたことがあります。

ツェルニーと言えばベートーヴェンにピアノを学び、大ピアニストにしてロマン派最後の巨匠であったFリストの師匠として、また現在ではピアノ学習に必須とも言える多くの練習曲集で有名です。
リストはベートーヴェンに学んだツェルニーが自分の師匠であったことから、「自分はベートーヴェンの直系の弟子だ」と自慢していたそうです。

で、横道にそれましたが、サン=サーンスのこのコンチェルトにもその時に感じた、「よそからの借り物の集合体」を感じてしまいます。

彼は1835年の生まれですから時代的には1833年生まれのブラームス、1824年生まれのブルックナーなどと活躍時期が重なります。
あくまで古典主義の技法を継承しつつ、より進歩的にアプローチをし続けたブラームス。
本人の意思かどうかはともかく、ブラームスと対立しつつロマン派の音楽をその深い宗教観で極限まで壮大化し、瞑想と解脱の領域にまで高めたブルックナー。

同時代に生きながら、サン=サーンスの孤軍奮闘と呼ぶにはあまりに痛々しいこの停滞感のある音楽はどうでしょう?

構成力も技術力もすごいのに、悲痛なまでに取り残された彼はそれでもポピュラーな人気のある「動物の謝肉祭」などでは、近代音楽を思わせるような技法も聴かれます。

当時のフランス音楽界において権威ある指導的立場であった人物で、唯一国葬でもって弔われた作曲家だそうですので、あまりに冒険的な進歩主義には迎合できなかった、時代の犠牲者というのがやはり正しい認識なのでしょうか?

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今日、聴いた音楽 シャルル・カミーユ・サン=サーンス「ピアノ協奏曲第1番ニ長調 作品17」

音楽を鑑賞するにしても、自分で演奏するにしても、そういった趣味を持たれた方のブログはよく「今日、聴いた音楽」について書かれたものが多いように感じます。

で、たまには自分もそんな記事を書いてみようかと・・・。

今日、聴いたのはGabriel Tacchino ピアノ、Louis de Froment指揮、ルクセンブルグ放送管弦楽団による「シャルル・カミーユ・サン=サーンス」のピアノ協奏曲1番ニ長調、および同2番ト短調。

第1番は1858年の作曲なのでサン=サーンス23歳の作品です。23歳にして本格的なピアノ協奏曲作曲というのは、歴史上の大作曲家の中でもかなり早熟な方ですが、そもそもサン=サーンスが所謂「神童」であったのは有名なことです。

2歳からピアノを習い始め、10歳で初リサイタルを開きます。2曲のピアノ協奏曲を弾いてみせ、更にアンコールでは「ベートーヴェンのソナタ集、ショパンの練習曲集からなら、どれでもリクエストしてもらえれば暗譜で弾きます」と言ってのけたそうです。すげぇ!けどイヤなガキだ・・・。

因みに私の知っているピアノストの生徒さんで、バッハのインヴェンション全曲を、暗譜で全調に移調しながら弾く小学3年生がいるそうで、世の中にはいつの時代にも「神童」タイプの子供はいるもんです。

で、この第1番協奏曲ですが、第一印象は「中途半端な曲だなぁ」といったところです。

冒頭のホルンによる爽快で印象的な上昇フレーズに、思わず「お!マーラーみたいだ」と思ったのも一瞬のことで、ピアノが入ると安いモーツァルトかと思うような妙にチャラチャラした雰囲気です。軽快と言うにはあまりに中身の無い構成で、彼がどんな音楽を目指しているのかが正直よくわかりません。

この時期に若きサン=サーンスは、フランスのオルガン奏者としては頂点である「マドレーヌ教会のオルガニスト」に就任しており、演奏家としての評価は最大のものであったそうです。それだけに立場的には保守的な「古典主義」思想に片足を置かざるをえず、それでいてより壮大でトラマティックになっていた、「後期ロマン派」音楽の先鋭さも取り入れたい。という彼の思いと言いますか迷いが感じられる折衷的な音楽になっていると思いました。

長いんで2番は次回に・・・

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kanchikuan

Author:kanchikuan
はじめまして。 中学生くらいに突如、音楽に興味を持ち「ブラバン」や「ロック・バンド」やよくあるコースで音楽を愛し、今はもっぱらDTMを趣味としてネットで自作曲を公開したりしています。

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