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ピアニスターHIROSHIさんに感化されてしまいました・・・その1(3)

先日の5月23日に放映された「題名のない音楽会」で「音楽ASOBI異種格闘技」と題して、ピアニスターことHIROSHIさんが技巧的でウィットに富んだネタを披露されたのを久々に聴き、思わずこんな曲を創ってみました。

「木枯らしにブラブラ」

お聴きいただけばわかるとおりF.ショパン作曲「練習曲集作品25-11 通称 木枯らしのエチュード」に乗せて、「たんたんたぬき」の歌が重厚に歌われます。

しかし元ネタの「木枯らし」は演奏技巧の高度さでは郡を抜いていると思うのですが、人気の点では「革命」や「別れの曲」の次ランクに位置されているような気がして仕方ありません。

思うに「革命」には実話かどうかはともかく、何と言ってもドラマティックなエピソードがあります。当時ロシアに支配されていたポーランドが革命に失敗した報をパリで知ったショパンは、祖国への愛情とその境遇に対する悲哀をピアノに叩きつけ、その結果生まれたのが「革命のエチュード」だと言われています。良くできた話ですが・・・。

また「別れの曲」はショパンが自身が「これほどの美しい旋律は作ったことがない」と語ったというエピソードが残されており、管弦楽編曲やポップスへの編曲なども頻繁に行われ、誰もが一度は耳にしたモティーフでは無いでしょうか?冒頭部分が比較的弾き易いためにピアノ初心者も結構挑戦しますが、途中で出てくる装飾的な下降フレーズの連続で大体の方が脱落します(evnc_chck含むw)。
またショパンの伝記映画のメインテーマとして使用されたことも人気の一要因でしょう。1935年の仏独合作映画ですが日本で公開された際に「別れの曲」というタイトルが付けられ、この「練習曲集作品10-3」がメインテーマに使われたために、そのまま日本では「別れの曲」と呼ばれるようになりました。つまりこれは日本だけで通用する副題なのです。
映画自体はずいぶん子供の頃にTVで一度見たきりでストーリーは全然記憶に無いのですが(笑、唯一印象に残っている場面があります。
ショパンとリストが2台のピアノで一緒に「英雄ポロネーズ」を弾き、リストが弾きながら「ショパン君だね」。するとショパンが「リスト先生!お会いできて光栄です!」と応えます。リストはいかにも大物ピアニストとしての風情で、ショパンはまだまだ若造といったところ。ショパンが故国ポーランドのワルシャワを出てウィーンに到着したのが1830年のことですから当時ショパンは20歳の若者でした。しかし翌年にはポーランドが革命を起こしたことから、ウィーンでのポーランド人の肩身は狭くショパンはパリに移ります。そこで当時は音楽界の最先端を突っ走っていたリストに会ったと思われますから、映画でリストと連弾するショパンが若造表現されるのも納得の事実です。
しかし実はリストはショパンより一年年少で、もしパリに来たショパンがそこでリストに会っていれば当時は何と20歳になるかならないかの少年と呼んでもいい年頃でした。

話がかなりそれてしまいましたが、「木枯らしのエチュード」にはそういったエピソードは特に無いようです。
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はじめまして。 中学生くらいに突如、音楽に興味を持ち「ブラバン」や「ロック・バンド」やよくあるコースで音楽を愛し、今はもっぱらDTMを趣味としてネットで自作曲を公開したりしています。

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