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今日、聴いた音楽 ヘンリク・ミコワイ・グレツキ交響曲第3番「悲しみの歌の交響曲」作品36

ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調が1824年に初演され、ここでベートーヴェンは自身の持てる音楽的技術をすべて注ぎ、壮大・絢爛な交響曲の頂点を提示してみせた。

そして最後に厳粛な低音が地を這うように響く中、突如としてバリトン歌手に歌わせた。
「こんな音楽は意味が無い!さぁ、人生の希望と喜びをともに謳おうではないか」
と。

それから150年を経て、ポーランドの作曲家グレツキは自身の交響曲第3番で、同じ厳粛な低音のカノンに乗せて、古い15世紀のポーランドの祈りの言葉をソプラノ歌手に語りかけさせた。

私の選ばれし愛しい息子よ
おまえの傷をおまえの母と分かち合おう
愛しい息子よ
私はずっとおまえを私の心に抱き
そしておまえに忠実に仕えてきたのだ
母に語っておくれ
母を幸せにしておくれ
これが私の望み
おまえは今、私の元を去って行くのだから・・・
(CDの英語詩を訳したんで少しいい加減かも・・・)

聖母マリアが亡きイエスに語りかけた哀歌である。
神に選ばれた息子のすべてを受け入れ、真摯につくした聖母の姿はここには無い。ただ若くして自分よりも先にこの世を去った息子をひたすら思う、悲しい母の姿しかここには無い。

第二楽章。
清らかで哀しみをたたえたコラールに続き、ソプラノ歌手は、ナチスの秘密警察の本部があったザコパネの第3独房の壁に刻まれた、ヘレナ・ヴァンダ・ブワジュシャクヴナという18歳の少女の祈りを語って聞かせる。
この少女は1944年9月25日より投獄されたと自身で刻んでいる。

お母さん、だめ。泣かないで
天国の清らかな女王様
いつも私を救っていてください
恵み溢れるマリア様
(これもCDの英語詩を訳したんで・・・)

この少女の行方はわからないが、祈ることで彼女は少しでも救われたのだろうか?ただ祈るだけであったのか・・・。少なくとも明日をも知れない身では無い、平和な時代をただ漫然と生きる私は、せめてこの少女が人類の未来に絶望せずにいられたと信じていたい。

第三楽章
ポーランドのオポーレ地方の民謡が語られる。

私の愛しい息子はどこへ行ったの?
たぶん、蜂起したとき邪悪な敵に殺されたのね
ろくでなしどもよ
神様の名の下に教えて
なぜ私の愛しい息子を殺したの?
(以下、長いので省略します。すいません・・・)

シンプルな和音のストロークを奏でる弦、管に重なるように。あるいは支えるように響くピアノの断片が、哀しくも強靭な民族の魂を聴かせる。
このオポーレの歴史的ないきさつはわからないが、なんという哀しい民謡だろうか。

19世紀に人生の歓喜を信じたベートーヴェンの第九番交響曲から180年経ち、私たちは今も未来に喜びと希望を持っていられるだろうか?

グレツキの第三番交響曲を聴き、涙を流せる人々がいるまではそう信じたいと思う。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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はじめまして。 中学生くらいに突如、音楽に興味を持ち「ブラバン」や「ロック・バンド」やよくあるコースで音楽を愛し、今はもっぱらDTMを趣味としてネットで自作曲を公開したりしています。

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